読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

面談を終えて

今日は面談に行ってきました。

三月のまとめという感じでした。

主に話したのは前回の面談からの二週間分のことでした。

三月は、僕は人とのつながりを失い、ネットに依存する時も、また、研究室の手伝いをする時も突っ走っていて、その種の体験の報告が主になり、僕のそうした体験を先生が追いかけていくといった感じだったとの総括。

声を上げるということがテーマとなりました。

仕事のさいに手伝って欲しい人を募る、自分から立場の上の複数の人間にメールを発信してみる、家族の助けを請う、等の行動を振り返ってみると、声を上げる、それをただ声を上げるのではなくて、人を選んで声をかける、ということができている。

あなたの中にも、社会というと大げさか、人に声をかける役割が分岐して芽生えてきたようだ。

とのことでした。

また、これとは反対に声をかけてもらうことの重要さも、テーマになりました。

僕が大学院の入学手続きをこなせないだろうことを見越して親が連絡してくれていたこと、大学の教授からの連絡がしばしば僕に自分のやるべきことを思い出させてくれたこと、飲み会での教授からの声かけや、後輩との会話が僕の他者への警戒心を和らげたこと、などのエピソードが話題にのぼりました。

声をかけ、声をかけられる、そうじて人とのつながりを維持しようとしていたと言っていい、というようなことを言われたように思います。

先生と話していて、嬉しかったことは、僕の親の誤解を理解してくれたことです。

僕の親は、僕が、大学院という新しい環境が怖いので入学手続きをしないと考えていたのですが、それはむしろ逆と言ってよく、あなたはあなたの言うように、入学手続きをやろうとしていたのだろうけれども、怖いからこそ入学前に研究室に顔を出し続けてきてそれが定着してしまったことで、逆説として、今更新しい環境に入るという実感を持ちづらくなったので、手がつけられなかったのであって、あなたの両親は怖いからこそ手伝ってきたということを理解できていないのだろう、しかし、息子がきっと入学手続きをこなせないという結果を予想しているという点で、あなたの親として息子のことをよく理解していると言えるだろう、と言っていただきました。

まさに、こうした現実的でかつ客観的かつ正確な批評をしていただけるので、僕は親との関係を保てます。

また、僕が両親に対して、的外れな推測を当てはめられて、非常にうるさく感じてしまうのも、当然のことなんだ、と安心できます。

そして、僕の本当の気持ち、大学院という新しい人間関係への不安を思い出させてくれたのでした。

とても嬉しかったです。

そして、未来に向けて思考を促すような沈黙が最後にあり、入学式などの先のことを喋ってきたので、先のことを考えられました。

こうやって声をかけて落ち着ければ、先のことも考えられるんだよね。と言って、自分のできることを、できることとして、肯定してもらえたのもすごく嬉しかったです。

最初は先生が僕の混乱しがちな一言一言を黙って聞き続け、文脈を探っています。今回も中盤から僕は落ち着いてしゃべることができ、僕の気付くことができなかった自分の気持ちや、文脈を理解し、持ち帰らせてもらいました。

毎回先生は頭をフル稼働させているのはわかっているのですが、最初は黙っているので、不安になってしまします。

今月は私に声をかけるというよりも、報告をし続けていて、私もあまり声をかけるというような方向性で接しなかったので、不安だっただろう、先生ちゃんと聴いてるのかな?、というような感じだったんじゃない?と言われました。

毎度、一つの文脈を提示してもらい、僕にまとまりを与え、対話を構築してくれるその洞察力には驚きます。

僕は先生と接することで、考える力を学び、僕のまとまりを維持する力を身につけていけます。